UTSUBOっくりの雑談

アクセスカウンタ

zoom RSS アニメ振り返り 「ViVid Strike!」 フーカvsリンネ 1 〜"止まった時間"

<<   作成日時 : 2017/04/11 15:16   >>

トラックバック 0 / コメント 0

宣言どおり、個人的な思いをぶちまけていく。
あくまで自分が思ったひとつの解釈であるので、あしからず。

画像



今回は、フーカとリンネ両者の弱さについて取り上げていく。
着目テーマとして掲げるならば、「Future Strike」の歌詞にもある”止まっていた時間”。これはリンネに限らず、フーカも、そしてジルも、おのおのに夢や幻想とよべるものに捕われている。


・ リンネ・ベルリネッタの ”止まった時間”

画像



言うまでも無く、4話での学校でのいじめ、義祖父の死が大きく占めている。
しかし、それ自体はただのきっかけに過ぎないかもしれない。
根底には、やはり自身が孤児であるということが根付いていたのだろう。幼い頃のフーカのようにスレて未来を嘆くようなことを避けるべく、あの笑顔も処世術であったように思える。おそらくは、この時点で”逃げている”意識があったかもしれない。院では不良に絡まれてもフーちゃんが守ってくれていたが、ベルリネッタ家に引き取られてからはそれもなくなり、ならば家族には迷惑をかけないようにと全て自分で背負い込んでしまう。これもまた孤児としての意識ゆえであるだろう。それが最悪の方向に向き、ついには上述の件からクズ3人への復讐事件へとつながり、”全部終わり”にさせるようになる。
孤児の意識を考えると、リンネには全ての責任を自分自身に転嫁させるしかできなかったのも致し方なかったのかもしれない。いじめを行ったサラ達のような暴力に任せるクズ連中や人を見下す連中を嫌うことさえすれもど、全てを抹消したいほどの憎しみはそれを作った自分自身に向けるしか出来ない。今までの自分の笑顔も行い全てを拒絶し、せめて誰にも見下されない強さを求めるというけじめともいえない終わらせ方へと向かう。

あまりに痛々し過ぎる、救いが無い。


・ フーカ・レヴェントンの ”止まった時間”

画像



リンネばかりが注目されるけど、フーカの抱えているものも決して小さくは無い。
フーカにとってリンネは、自分が守ってやらねばならない存在だと根付いていることがうかがえる。孤児院に引き取られ、スレて不幸を嘆く自分に邪険に扱われても笑顔で接するリンネは、その不幸な人生の中で見つけた唯一の生きがいとも言えるだろう。だからこそ率先して手を引き、不良に絡まれれば自身がどれだけ傷つこうとリンネを守るという責任を意識することになる。フーカもまたそういった意識、過去の守るべきリンネの姿という”幻想”に捕われているといっていい。見ようによっては押し付けがましいという姿勢であるかもしれない。リンネが「フーちゃんには関係ない」と突っぱねるのも、そういう無責任な理想の押し付けに反発していることもあるだろうと思う。
5話(銭湯でのシーン)で、経緯を知って昔のリンネはもういないと口にはしていたが、心の底では納得していなかっただろう。だからこそ、戦いの中での自分自身が嫌いというリンネの本音が何よりも突き刺さるのだろう。フーカの人生の大半は紛れも無く”過去の”リンネの笑顔と”繋いだ手のぬくもり”によって支えられたもので、リンネの言葉はリンネだけでなくフーカが生きてきたこと全てを否定することに他ならない。

必死に反論するフーカの叫びもまた痛々しい。笑顔も手のぬくもりも全て夢・幻にされたのでは耐えられないのも当然だろう。



言ってしまえば、魔法で大人の姿になっているものの、両者とも15に満たない子供で、戦い自体も子供のけんかの延長だ。あの最強ママのような稀有な例は除いて、そんな達観しているはずもなく、それぞれの意志、悪く言うと思い込みなどを簡単に捨てられるような大人ではない。思いをぶつけ合って分かり合えるために用意した機会も、この時点ではより溝を深くするだけであった。



最後に、その子供らに加え、大人でありながら自身の理論の証明に捕われ、見るものには戦犯にさえ映るかもしれないこの人で締める。


・ ジル・ストーラの”止まった時間”

画像



「勝負を決めるのは、選手と選手が歩んだ道だ」というのは、ヴィクトーリアの発言。戦っているのはリンネであってジルではない。
ジルが躍起になってでも才能至上主義を貫くのは、自身が非凡であったことの裏返し。
ジルは事あるごとに選手時代のことを話しては、怪我しない試合はなかった、才能がなかったと愚痴っている。ジルは、選手を退いた後も自身はトレーナーではなく格闘選手であるという自負が感じ取れる。心の底の本音は選手としてチャンピオンベルトを取りたかったということだ。リンネを鍛え上げたのも、リンネの為でなく、自身の夢をかなえる為。ジルは「リンネの才能は私が開花させた」と常に自負しているが、これまでリンネ自身のことなど(言い過ぎかもだが)眼中に無かったといっていいだろう。
もっと厳しく言わせれば、ジルが育てていたのは、言うなれば”リンネ・ベルリネッタという才能”を持った”選手ジル・ストーラの代理品”でしかなかった。
ただ見下されない為の強さを求めるリンネに、自身の夢に捕われたジル。確かにリンネの才能とジルの理論・技術の相性は最高だが、スタートから互いに向いているベクトルは既にバラバラだった。
リンネの本音に、自身がリンネにしたことは当人に何も響かなかったという、目をそらしていた事実を叩きつけられる。ウィンターカップ敗退での涙は、あくまで自身の理論の敗北、リンネという”才能”を失う怖さによるもの。ここでの涙は、現実に向き合う決意によるもの。ここまでリンネを放って置いたけじめのため。出来れば自分の下に帰って欲しい、やり直しをしたい、もちろん拒絶されても、それはそれで致し方ない、その覚悟の上で。その思いをもって、大人として”指導者”として動向を見守る決断をする。

ジルの掘り下げはここまでとする。


フーカとリンネの痛々しく、救いが見えない戦いの解決編は、また次へ。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
アニメ振り返り 「ViVid Strike!」 フーカvsリンネ 1 〜"止まった時間" UTSUBOっくりの雑談/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる